考える野帖 - 最新エントリー

「落ち着きなき冒険心の持ち主」

カテゴリ : 
まれびと
執筆 : 
ok 2009-1-4 11:55

 「落ち着きなき冒険心の持ち主」というのは不肖私のことではなく、ハプスブルク家の啓蒙専制君主、ヨーゼフ二世のことである。
 マリア・テレジアが崩御した後一〇年間ほど国政を担い、徴兵制を開始するなど国民国家の建設に向けて諸改革に着手したが、志半ばにして世を去った。そのため、手を着けた改革は一つとして成就されなかった。もう少し長生きしていれば、後世の評価も違うものとなっていたかもしれない。
 ただし、ハプルブルクの血というか、軍事的に実に拙劣だったことは間違いないらしく、ロシアに引きずられてトルコと戦争を始め、自分も前線に出て下手糞な作戦を展開しているうちに兵士とともに疫病に倒れ、自らの命を縮めてしまった。苦手なことを無理してやってはいけないよい例。余計な戦争をやる代わり、得意の芸術活動に熱を入れていれば、自分もモーツアルトも長生きできたであろうに。
 さて、先の記事でウィーンのモーツアルト・ハウスをぼろ糞に腐したのは、お蔭でクリムトを見てこられなかったからだ。私は長くいてもせいぜい三〇分ほどと見ていたのだが、奥方が真面目に音声案内を全部聞いたので二時間近く付き合わされたからである。……全部聞かないと入場料の元がとれないというわけ(当面の利益に拘泥し本質を見失う典型)。
 結局は夕方のフライトに間に合わなくなって、ヴェルベデーレ宮殿に足を延ばせなくなったのだ。時間がないので、レオポルド美術館でエゴン・シーレを見るだけで諦めた。
 モーツアルトをめぐる蘊蓄なら後で本を読めば間に合う。が、生のクリムトは作品を前にしないと見られない。クリムトが大好きというわけではないが、それにしたって怨みの音声案内なのである。
 実は、音声案内でイライラしたのはモーツアルト・ハウスだけではない。ウィーンに来たからには一度はというわけで、かのシェーンブルン宮殿に連れて行かれ、キンキラキンの内部を拝見させていただいたわけであるが、やはり音声案内に引っかかった奥方が延々と御学習をなさっている間、果てし無く待たされたのであった。
 私の方は、最初から音声案内の機材を遠慮して、さっさと見物を切り上げようとしたのであるが、なんと世界中から集まってきた学習好きの方々が、次々と現れる何とかの間に犇いていて、前に進めないのである。私にとっては全て退屈の間であった。もとより宮殿なんかに興味ない。
 幸いなことにというか、たまたま天井に一九世紀の戦闘シーンを描いた大広間があって(音声案内無しなので何の間か知らないまま)、独り隅の椅子に腰掛けて、世界一弱かった帝国軍の勝利の画像を眺めていた。
 ところで、案の定この宮殿も撮影禁止で、係員が巡回し、撮影しようとしている観光客とバトルを展開していた(これは結構退屈しのぎになった)。
 写真は、かのシェーンブルン宮殿。マリア・テレジア・イエローに輝いておりますでしょうか。本当は金ぴかにしたかったのが予算不足で、山吹色に染めたという話もありますが。

たぶんモーツアルトも嫌だと言うさ

カテゴリ : 
まれびと
執筆 : 
ok 2009-1-2 17:06

 ウィーンではネットでリンク内(旧市街)の安宿を探して泊まった。バストイレ朝食付で1人1泊6000円。昔、貴族が所有していたという高い高い天井のアパルトメントであるが、床は軋むし、絨毯は磨り減り、設備は草臥れている(ロビーや食堂は小奇麗にしていた)。朝食はバイキング式で、ソーセージ類やチーズ、パンの種類と量は豊富、味はまあ値段相応というところ。宮殿とステファン寺院の間に立地していてこの安さでは細かいことに文句は言えない。少なくとも雰囲気は楽しめる。
 ステファン寺院の裏手にモーツアルトが住んでいたことが分かっているなかで、唯一現存するアパルトメントがモーツアルト・ハウスとして公開されている。フィガロの結婚が作曲されたので、フィガロハウスとも呼ばれているあれ。軍事史博物館をたっぷり堪能した後、折角だから見学に行った。受付で料金を払って、さあこれがアマデウスの駆け上った階段だと上ろうとすると、係員にエレベーターに乗れと叱られる。
 エレベーターで上まであがって、順路に従って降りてくる仕組み。途中、隣の建物と繋がっていて、ミュージアム・ショップに導かれて、入り口に吐き出される。
 でもですね、私はモーツアルトが上り下りした階段を上りながら、ゆっくり彼を偲びたかったのですよ。日本語の音声案内まであって、至れり尽くせりではありますが(日本の展示施設でドイツ語の音声案内をしているところはあるだろうか)。奥方は熱心に聞きながらしっかり学習していたが(さすが教育者)、しかし私にはただの大きなお世話。
 モーツアルトが住んでから、もう何回も住人が入れ替わったから、当時を偲ぶ縁はがらんどうの部屋だけ。それだけでいいのだけれど、それでは済まないらしく、とにかく説明、説明、説明。さながら啓蒙専制君主である。熱意は分かる、努力も分かる、嗚呼だがしかし邪魔臭い。私は、この場で過去を偲び、モーツアルトの息づかいを感じたい(まあ単なる自己暗示だけど)ので、あれこれ学びにきたのではないのだ。型に嵌った知識の押しつけが鬱陶しい。知りたきゃ自分で本を読むよ。デジタルだのアナログだののイメージを差し出されなくたって、自分でもっと自由に想像をめぐらすことができるぜ。
 おまけに、展示物を撮影するなだとさ、しないよ面白くもない。外なら撮っていいらしいので、モーツアルトが眺めたであろう路地を。かろうじて、かつてを偲ぶことができる景色が外にあった。向こうからアマデウスが歩いてくる。後ろにサリエリ。

諸刃造の剣

カテゴリ : 
Arrow slit
執筆 : 
ok 2009-1-2 5:31

 仏蘭西アルザス行の途路、途中降機してウィーンに寄ってきた。目的は軍事史博物館。
 オーストリアの博物館・美術館は日本と同じでケチ臭く撮影を禁止しているところが多い(史跡整備の方向も似通っていて力を入れている割に面白くない:これについてはいずれ)。ところが、軍事史博物館だけは太っ腹で、フラッシュを焚かなければ撮影自由。展示も大量の資料を大雑把に並べているだけの古典的なもので、これがまた良い。デジタルな解説機器など皆無で、この点もまことに結構。
 さて、スイス独立運動の抑圧に失敗し、イギリスに無敵艦隊を送って撃破され、三十年戦争ではグスタフ・アドルフに敗北し、オスマン・トルコには二度も都を包囲され、ルイ14世とフリードリッヒにも散々な目に会い、ナポレオンにも負けて皇女を後妻に差し出し、最後には第一次大戦でセルビア相手に口火を切ったにも関わらずロシア軍に叩かれ、ついに1918年には総崩れになるというオチで、軍事的にみればおよそ良いところのない(久保田正志『ハプルブルク家かく戦えり』)ハプスブルク家ではあるが、負け戦なりに戦争は沢山やったので、資料は山とある。
 写真は近代のサーベルだが、切先に注意。諸刃造になっている。大日本帝国陸海軍の元帥刀は、日本古代のそれを模したことになっているが、そしてそれは間違いあるまいが、諸刃造ということに関しては、近代の軍隊のサーベルの多くもそうだということは、頭に入れておいてよいと思う。明治時代に元帥刀がデザインされた際も、そのことは留意されていただろう。
 いずれにしても、正月明けまでに城山1号関係の原稿を完成させないと……、嗚呼しかし今日も一日潰れる。

お目出度うございます

カテゴリ : 
まれびと
執筆 : 
ok 2009-1-1 17:34

携行カメラ

カテゴリ : 
diggers high
執筆 : 
ok 2008-12-21 12:27

 ふだんサブカメラにしていたCOOLPIX S10を次男に実効支配されてしまったので(フリーランニングの撮影に使っているらしい)、今回の渡欧では長男のLumix TZを借りることにした。MicroSDメモリ2Gを二枚持参するから1100カット撮影できる。バッテリーの保が悪いので三個(小さい)。動画なら40分余。D70の6000カットと合わせれば、メモリ全てを実質1週間で使い切るには、かなり体力が要りそうだ。今回は遺物を見に行くわけではないが、ブツを撮る時の小型三脚があれば、調査行でもほぼ十分だと思う。
 これから考古学の勉強で使うとしたら、D40がお勧め。枯れた技術で造られているから安心できる。兵士は、数字上のスペックより、信頼性と操作性を大切にする。37000円位でレンズセットが買える。600万画素あれば十分。むしろ余計にメモリを食われなくて良い。後は腕次第。沢山撮影して練習すればよい。フィルム代の心配は要らない。いろいろ試してみたらいい。

アルザス行の準備

カテゴリ : 
アルザス
執筆 : 
ok 2008-12-20 19:51

 末娘と奥方とともに明後日からアルザスの古都コルマールへ旅立つ。例によって母の様子を見に行くわけだが、たまたまオーストリア航空を利用する序でに、ウィーンに立ち寄ることにした。奥方は二度目だが、私と娘は初めてである。コルマールで長女も合流する。ベッド二つの母のアパルトマンに、どうやって皆で寝るのであろうか?わしゃ知らんぞ。
 今回は移動が激しいし期間も短いこともあってMacもPCも持っていかない。もちろんバシバシ撮影してくるつもりだが、撮影データ用のストレージも持っていかない。デジカメ界にあっては既に古色蒼然の愛機D70と、CFメモリだけ。8GB2枚と4GB1枚の計20GB。D70は600万画素だから、JPGだとだいたい6000カット位は撮影可能だ(1000万画素必要なことって、個人の撮影まずないんじゃないだろか…まあ写真でも何でも下手糞な奴に限ってスペックに煩いが)。実質7日しか滞在しないから、遠慮なく好きなだけ撮影できる。
 6000カットといったら、銀塩フィルムなら35枚撮り170本位に相当する。現像代も含めたら大変なお金がかかる。いっぽう、CFメモリを秋葉原に行くとい長男に頼んで買ってきてもらったら、8Gで1枚1800円位だった(何度でも使えるし)。その差はもう比較の対象外である。銀塩フィルムが没落してしまうのも当然だ。プリントだってLサイズなら10円以下のところも少なくない。
 発掘調査撮影を銀塩フィルムに拘るというのは、所詮は人のお金で調査しているからだろう。自分個人の研究用にはデジカメを使ってるのじゃあるまいか。銀塩フィルムは情報量が違うというけれど、1枚写すより100枚写しておいたほうが、はるかに情報量が多いと思うのだけれどね。

たずね文-鋒(きっさき)諸刃造の大刀

カテゴリ : 
その他
執筆 : 
ok 2008-12-20 16:29
 全くもって面目ないことながら、自分で書いたレポート、どこで発表したか分からなくなってしまった。自分では協会で発表し、またM氏にもそうじゃないかと言われたんだけど、総会発表要旨をめくっても見つからない。
 千葉県城山一号墳の標記資料について、大塚初重先生と連名どこに書いたか、ご存じの方がいたら是非ご一報ください。やっぱり、アルチューハイマーが進行している。

去らば2008年

カテゴリ : 
まれびと
執筆 : 
ok 2008-12-20 12:53

 前のボス、K社長と実に久しぶりに一献、じゃなくて例によって多献傾けた。P社からのエクソダス組のF氏と引き合わせていただく。K社長ならではの人脈のサプライズ。在社中、海外部門のF氏とは直接お会いしたことがなく、電話で何度かやり取りしたことがある。話をしていて、私より一年先に退社されたことが分った。
 アメラグでいえば、フェイスマスクを後ろから引っ掴まれたり、無茶苦茶な反則を(しかも味方から)繰り返されているのに、さっぱりイエローフラッグが上がらないのに嫌気が差し、フィールドを後にして半年、いや実質的には1年。
 もう一度、長い長いパスを成功させたい気もする。ワイドレシーバー走ってくれ!
 写真は、ポーラ美術館近くの文字通りオオモミジの大木。樹皮に蘚苔類を纏い王侯の風格。

マーティン君のパルクール

カテゴリ : 
まれびと
執筆 : 
ok 2008-12-14 18:06

 次男のパルクール(フリーランニング)友、ドイツ人のマーティンのパフォーマンス。やはりデカイと迫力があるね。確かアディダスがスポンサーについていた。この夏、日本に遊びにきたが、年明け、今度は次男がドイツに遊びに行くらしい。暇な連中が羨ましい。

アトムの恨み(2)

カテゴリ : 
diggers high
執筆 : 
ok 2008-12-14 15:03
 手塚治虫がアニメ製作を呆れるような低価格で請け負ったことが、今日まで続くアニメ界の低賃金、劣悪な労働条件の基になった。宮崎駿が、マンガ史における手塚治虫の重要性を認めつつ、過酷な労働を強いる制作環境や組織に対する意識の低さを批判しているのは、よく知られた事実である。
 手塚治虫がアニメ界でやってしまったことを、発掘調査の世界でやってしまっているのが、文化財行政だ。戦後の本工主義的左翼運動の影響もあって、臨時職、民間調査員を徹底的に差別抑圧し、低賃金で過酷な労働を強いる仕組みを作ってしまった。もはや、そう簡単には直るまい。
 アニメ界と違うのは、犯人が手塚治虫個人ではなく、考古学界という顔の見えない村社会全体であることだ。そのため、アニメの場合より、もっと始末が悪いことになっている。
 もう一つアニメ界と違うのは、宮崎駿がいないこと。手塚治虫に相当する代表的人格として、たとえば佐原真のような人がいる(手塚治虫に匹敵できるかどうかは置いて、役回りとして)。しかし、「国民的アニメ作家宮崎駿」に相当する役回りの人格は認められない。考古学界全体が、そうした役回りにないからだ。いつまで経っても「戦後」から脱却できない。(続く、と思う)
 
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録